49) 火之巻 ★ この巻のはじめに

サッカー語訳

実戦での勝敗を分けるポイントについて、戦いの流れと同じように激しく変化する火にちなみ、この火之巻に書いていきます。

サッカーでの勝利というと、多くの人が瑣末なものを思い浮かべます。足先でボールを浮かせて相手の足首10センチ15センチ上をきれいに抜いて勝ったとか、ステップオーバーしたあと股抜きパスを通して勝ったとか、スピードを生かして相手より先にボールに追いついて勝ったとか・・・。これらはすべて、目の前の小さな勝ちを目的として行われているプレーです。

しかし私の流派のサッカーとは、生きるか死ぬかの戦いを通して、ボールの扱い方や蹴り方や、敵のプレー癖の察知の仕方を体得したものです。鍛錬も、敵に完勝するためにしているのであって、瑣末な勝利は眼中にありません。命を懸けた試合において、たとえ自分1人で5人10人を相手にする局面になっても確実に勝ちを得るための法則。それが私の「二天一流」です。それを知れば、何人が相手でも、どんなプレーヤーやチームが相手でも勝てるということです。

全世界のプレーヤーやチームを集めて、力を試してみることは不可能です。しかし、たとえ1人で練習していても、様々な敵の戦略や得意とするプレーや特徴あるスタイルを想像し、自分の知識と思考を総動員すれば、彼らに勝つ方法を編み出していくことができます。サッカーの達人となれる者、サッカーの法則を極める者は自分以外におらず、そこに何としても到達するのだと自分に言い聞かせながら、日夜練習に励み、鍛え抜き、自在なプレー、超越したプレーができる、不思議な力を持った特別な存在となることを目指すのです。これが、サッカーの法則を掴み出そうとするプレーヤーの気概です。

 

★ 原文・・・『武蔵の五輪書を読む』(播磨武蔵研究会「宮本武蔵」)より

二刀一流の兵法、戦の事を火に思ひとつて、戦勝負の事を、火之巻として、此巻に書顕す也。

先、世間の人毎に、兵法の利をちいさくおもひなして、或ハゆびさきにて、手くび五寸三寸の利をしり、或ハ扇をとつて、ひぢより先の先後のかちをわきまへ、又ハしなひなどにて、わづかのはやき利を覚へ、手をきかせならひ、足をきかせならひ、少の利のはやき所を専とする事也。

我兵法におゐて、数度の勝負に、一命をかけてうち合、生死二つの利をわけ、刀の道を覚へ、敵の打太刀の強弱を知り、刀のはむねの道をわきまへ、敵をうちはたす所の鍛練を得るに、ちいさき事、弱き事、思ひよらざる所也。殊に六具かためてなどの利に、ちいさき事、思ひいづる事にあらず。されバ、命をはかりの打あひにおゐて、一人して五人十人ともたゝかひ、其勝道をたしかにしる事、我道の兵法也。然によつて、一人して十人に勝、千人をもつて万人に勝道理、何のしやべつあらんや。能々吟味有べし。

さりなから、常/\の稽古の時、千人万人をあつめ、此道しならふ事、なる事にあらず。獨太刀をとつても、其敵/\の智略をはかり、敵の強弱、手だてを知り、兵法の智徳をもつて、萬人に勝所をきはめ、此道の達者となり、我兵法の直道、世界におゐて、たれか得ん、又いづれかきはめんと、たしかに思ひとつて、朝鍛夕錬して、みがきおほせて後、獨自由を得、おのづから奇特を得、通力不思儀有所、是兵として法をおこなふ息也。

 

注釈

特にありません。


06. 4月 2012 by outsidervoice
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