83) 風之巻 ★ 他流のシステム信仰

サッカー語訳

システムを最重要のことと考えるのは、間違いです。

きっちりとシステムを組めるのは、敵がいないときだけです。「今のサッカーではこのシステムがベストである」などと語る者がいますが、勝負の世界にそういう確固たる決定事項はありません。勝負とは、その瞬間に敵が最も嫌がることを企て続けることです。

この世界でシステムというと、通常は動かないものです。流動的ではなく強固なものです。システムの意識が強いと、敵の先手を待ち構える気持ちが強くなってしまいます。サッカーとは、こちらが主導的に敵のシステムを揺り動かし、敵のシステムが予期していないことを仕掛け、うろめかし、むかつかせ、怯えさせ、その混乱の中に最適なタイミングを見つけて勝つものです。

ですから私の流派では、「切り方は有って無い」と言うのと同じく、「システムは有って無い」のです。

試合前には、敵のシステムと動き方を想定して作戦を立て準備をしますが、システムへの意識の強い敵は動き方が読めるので、主導権を取るための作戦立てが簡単です。主導権が試合の結果をいかに左右するかは言うまでもないでしょう。

システム信仰とはつまり、良いシステムさえ組めば敵の攻撃はその網を避けることができず、ボールを奪って攻めとなれば敵が守りきれないパスがつながってやがてゴールになるというような、大雑把で安易な考えではないでしょうか。じっくり吟味してください。

 

★ 原文・・・『武蔵の五輪書を読む』(播磨武蔵研究会「宮本武蔵」)より

一 他(流)に太刀の搆を用る事。

太刀の搆を専にする事、ひがごと也。

世の中に搆のあらんハ、敵のなき時の事なるべし。其子細ハ、むかしよりの例、今の世のさたなどゝして、法例を立る事は、勝負の道にハ有べからず。其相手の悪敷様にたくむ事也。

物毎に、搆と云事ハ、ゆるがぬ所を用る心也。或ハ城を搆、或ハ陳を搆などハ、人にしかけられても、強くうごかぬ心、是常の儀也。
[兵法勝負の道におゐてハ、何事も先手/\と心がくる事也。かまゆるといふ心ハ、先手を待心也。能々工夫有べし]
兵法勝負の道ハ、人の搆をうごかせ、敵の心になき事をしかけ、或は敵をうろめかせ、或ハむかつかせ、又ハおびやかし、敵のまぎるゝ所の拍子の利をうけて、勝事なれバ、搆と云後手の心を嫌也。

然故に、我道に有搆無搆と謂て、搆ハ有て搆ハなきと云所なり。

大分の兵法にも、敵の人数の多少を覚へ、其戦場の所をうけ、我人数の位を知り、其徳を得て、人数をたて、戦をはじむる事、是合戦の専也。人に先をしかけられたる事と、我先をしかくる時ハ、一倍も替る心也。

太刀を能かまへ、敵の太刀を能うけ、能はると覚るハ、鑓長刀をもつて、さくにふりたると同じ、敵を打ときは、又、さく木をぬきて、鑓長刀につかふ程の心也。能々吟味有べき也。

 

注釈

構えをシステムに置き換えました。


07. 4月 2012 by outsidervoice
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