86) 風之巻 ★ 他流の速さ偏重

サッカー語訳

速さを追求するサッカーは、正しいサッカーではありません。速さ遅さを感じるのは、その時の適切なリズムとずれているからです。どの分野でも上達した人の行動は速く見えることはありません。

能舞で、うまい人の歌に下手な人が合わせようとすると、遅れる感じがして忙しく聞えるものですし、鼓太鼓でゆっくりとした「老松」を打つときも、下手な人はなぜか遅れてしまって速く打とうと焦ってしまいます。一方、「高砂」は速いテンポの曲ですが、速くしようとすると「速きはこける」と言うように結局間に合わなくなります。上手な人のすることは、ゆっくりに見えてリズムがぴったりと合っているのです。物事を思うように完成させるには、速さではなくリズムに合うことが大切なのです。

また、「はや道」とも言われている飛脚は一日に160~200キロも自分の足で移動しますが、朝から晩まで速く走っているからこの移動が可能なのではありません。速く走ることだけ考えている者には不可能な仕事です。逆に言えば、リズムをマスターすれば、速さと持続力を同時に実現することも可能なのです。

試合では、そもそも速い動作が不可能な場面が多くあります。また速く脚を振ろうとするキックが良い結果を生まないことは水之巻に書きました。火之巻で書いたように「枕を押さえる」ことができれば、試合展開で焦る必要はありません。

もし、敵が無闇に速い展開に持ち込もうとする場合は、それに背いたゆったりとした展開で対抗します。巻き込まれずこちらのリズムで進めることが大切です。

日々、考えながら鍛錬を続けましょう。

 

★ 原文・・・『武蔵の五輪書を読む』(播磨武蔵研究会「宮本武蔵」)より

一 他流にはやき事を用る事。

兵法のはやきと云所、実の道にあらず。はやきといふ事ハ、物毎のひやうしの間にあはざるによつて、はやき遅きと云こゝろ也。其道上手になりてハ、はやく見ヘざるもの也。

たとへバ、人にはや道と云て、一日に四十五十里行者も有。是も、朝より晩迄、はやくはしるにてハなし。道のふかんなるものハ、一日走様なれども、はかゆかざるもの也。

乱舞の道に、上手(の)うたふ謡に、下手のつけてうたへバ、おくるゝこゝろ有て、いそがしきもの也。又、鼓太鼓に老松をうつに、静なる位なれども、下手ハ、これもおくれ、さきだつこゝろ也。高砂ハ、きうなる位なれども、はやきといふ事、悪し。はやきハこける、と云て、間にあはず。勿論、おそきも悪し。これ、上手のする事ハ、緩々と見ヘて、間のぬけざる所也。諸事しつけたるものゝする事ハ、いそがしくみヘざるもの也。此たとへをもつて、道の利をしるべし。

殊に兵法の道におゐて、はやきと云事悪し。是も、其子細は、所によりて、沼ふけなどにてハ、身足ともにはやく行がたし。太刀ハ、いよ/\はやくきる事悪し。はやくきらんとすれバ、扇小刀の様にハあらで、ちやくときれバ、少もきれざるもの也。能々分別すべし。

大分の兵法にしても、はやく急ぐ心わるし。枕を押ゆると云心にてハ、すこしもおそき事ハなき事也。又、人のむざとはやき事などにハ、そむくと云て、静になり、人につかざる所、肝要也。

此こゝろ、工夫鍛錬有べき事也。

 

注釈

ロジックの流れを自然にするために、原文の2段落目と3段落目を入れ替えて訳しました。また、くどくなり過ぎるのを避けようと思い、4段落目と5段落目を結合させて訳しました。


08. 4月 2012 by outsidervoice
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