89) 空之巻 ★ 「二天一流」のコンセプト

サッカー語訳

「二天一流」のコンセプトを、最後の空之巻に書き記します。

空とは物事のかたちの無いこと、知り得無いこと、つまり、無いことです。有るところを知って無いところを知る。これが即ち空です。

世間では、判断が及ばないことを空と勘違いしているところがありますが、それは本当の空ではなく迷う心です。サッカープレーヤーとしてサッカーを行っているのに、サッカーの法を知らずに迷っているようなことです。

サッカーの法則を確実に身に付け、朝夕の鍛錬に励み、心と意の2つの心を磨き、観と見2つの眼を磨ぎ、迷いの雲が全く晴れた状態がサッカープレーヤーにとっての本当の空です。

仏の道でも世間の様々な道でも、正しい道を知らない間は今自分歩んでいる道が正しい道と思い込んでいるものです。しかし、今の自分よりも広い世界からその道を見れば、心にある偏見や歪みを反映した正しくない道であることがわかります。

本質をよく知りそれを基本とし、実際に効果のあるプレーの幅を広げ、隠すことではなく正しく行うことに集中し、成長した先の大きな世界を思い描いて、サッカーを行ってください。空を道とし道を空と見るのです。

空は善有りて悪無し
智は有なり
理は有なり
道は有なり
心は空なり

1646年5月12日  新免武蔵玄信

寺尾孫之丞殿

 

★ 原文・・・『武蔵の五輪書を読む』(播磨武蔵研究会「宮本武蔵」)より

二刀一流の兵法の道、空の卷として書顯す事。

空と云心ハ、物毎のなき所、しれざる事を、空と見たつる也。勿論、空ハなきなり。ある所をしりて、なき所をしる、是則、空なり。

世の中におゐて、悪く見れバ、物をわきまへざる所を空と見る所、実の空にはあらず。皆まよふ心なり。此兵法の道におゐても、武士として 道をおこなふに、士の法をしらざる所、空にはあらずして、色々まよひありて、せんかたなき所を、空と云なれども、是、実の空にはあらざる也。

武士ハ、兵法の道を慥に覚、其外、武藝を能勤、武士のをこなふ道、少もくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々におこたらず、心意二つの心をミがき、觀見二つの眼をとぎ、少もくもりなく、まよひのくものはれたる所こそ、実の空と知べき也。

実の道をしらざる間は、佛法によらず、世法によらず、おのれ/\ハ、慥成道とおもひ、能事とおもへども、心の直道よりして、世の大がねにあハせて見る時は、其身/\の心のひいき、其目/\のひずミによつて、実の道にハそむく物也。

其心をしつて、直成所を本とし、実の心を道として、兵法を廣くおこなひ、たゞしくあきらかに、大き成所を思ひとつて、空を道とし、道を空とみる所也。

( 空有善無惡
智者有也
理者有也
道者有也
心者空也 )

正保二年五月十二日  新免武蔵玄信

寺尾孫之丞殿

 

注釈

特にありません。


08. 4月 2012 by outsidervoice
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