#0064) 父親は娘の実験台としてはイマイチ(#0061とは反対のタイトルですが・・・)
#0061の実験を踏まえて、リズム維持主体の走りを娘とやってみたところ、娘は全然しっくりこなかったようです。
娘は「呼吸は苦しくないのに足だけ疲れる」と言うのですが、呼吸器系より筋力系の機能の方がまだマシに維持されている私にとってはリズム維持の走りはうまくはまっても、相対的に筋力の方が弱い娘にとっては、イマイチな感じということかも知れません。あるいは、180というリズムが合わないだけかも知れませんが、判断は難しいですね。
考えてみれば、年齢もこれだけ違うのに、同じことが当てはまると考える方がおかしいですよね。
ということで、娘は自分で練習プランを考えるそうです。まあ、これでいいのか・・・。
★★
上記の話を書いていて頭に浮かんだのが、下記URLのキャンペーン。
http://now.lincoln.com/hello-again/
話題になっていますが(トヨタの類似とも思えますが)、私はコンセプトに疑問を持っています。過去も他人も、”Hello, again” という感覚ほど近くはないのでは? その遠さゆえに、魅力的なのでは? ここで演奏されている BeckによるSound & Vision の再解釈がいかにもな感じで凡庸で、オリジナル登場時のインパクトには遠く及ばないように。業界の人たちは、こういうのを簡単に絶賛してしまうわけですが・・・。基本的に権威主義ですから。
#0063) 価格は何も教えてくれない。あるいは価格という低能なシステムについて
#0062の続きというよりも、かなり前から続いている話かも知れません。
亡くなった父から引き継いだ固定資産税がかからない土地があります。固定資産税がかからないというのは、固定資産税評価額の合計が課税する額に満たないからです(所謂「売るにも売れない」土地)。
この市街化調整区域内の農地や山林という地目の付いた一般的開発の許されていない遊休地(放棄地ですね)に関して、評価額は単に開発できないということを示しているわけですが、草刈などの出費を抑えるだけでなく、もう少し何とかできないかと考えなくてはいけないことについての情報は、その評価額には何も含まれていないわけです。
一般的開発が出来ないならば、じゃあ農地として価値判断はどうなのか。・・・全くわかりません。そこは土壌なのか?pHは?現在の肥沃度は?気象条件は?水は?水はけは?有害物質は?かつての何らかの作物の生産量は?そこに関わる動植物は?微生物は?細菌は?
山林についても、同じように何も答えてくれないことはわかると思います。山林と農地をセットで考えたときの価値についても、もちろん何も・・・。
有能な価格システムを求めているわけではありませんが、価格システムが無能である事実は、あまり意識されていないのではないかと思うわけです。
そして、無能な価格システムの悪影響も、あまり意識されていないのではないかと・・・。
例えば、農村に耕作放棄地が広がる大きな理由のひとつが、この土木的価値しか反映していない土地の価格システム(の心理的支配)ではないかと。農地の持ち主は、農作業が肉体的精神的にきつくなってくると、微々たる(あるいはゼロの)固定資産税を払いながら、待つわけです。何を待っているかというと、土木的開発が許可されることによって価格が跳ね上がる瞬間を待っているわけです。まあ、待ちすぎて諦めた人も多いとは思いますが、土木的開発に偏った価格システムが土地に対する他の可能性を追求する意欲を失うことを奨励してきたわけです。意欲を失った人たちはその所為だとは認識していないとは思いますが。あと、土木的開発以外には一般的農地利用しかないと思い込んでいる国や自治体の開発規制も、この無気力に大きく貢献していると思います。
山林や耕作放棄地を買い占めているのは、この価格システムの欠陥を見つけた人たちかも知れません。
価格システムが対象のディテールを十分に反映することは不可能であることから考えて、価格システムの欠陥、あるいは無能は、あらゆる分野に蔓延しているはずです。それを利用してソロスのように大金を稼ぐ人物もいますが、まあ、私たちはだいたい、そんな欠陥だらけのものに追いまくられていたり、裏切られていたりする感じです。
希望としては、何とか、その外側にいたいということです。少なくとも精神的には。・・・いや違いますね、楽しむべきですね。そのハチャメチャさを。
#0062) 単なる価格システムの話
経済やビジネスということで語られるのは、価格システムのことだけという感じになってますし、世界が絶対的価格システムに統一されているようなイメージがかなり浸透しているのではないかと思いますが、不動産価格を調べていると価格システムのいい加減さがよくわかります。
建物の価格は単に、想定ターゲットが月々ギリギリ返済できるローン金額を基準にしていることは明らかですし、土地の価格は、そこに建物を建てた場合の販売価格を基準にしているだけです。
また、その土地(地下水や土壌や空間など)を使ってできることは、建物を建てるだけではないことからも、その価格システムの欠陥は明らかです。農業でさえも想定外・・・。
で、価格システムというのは、実はかなりいい加減に限定された狭い世界でのいい加減な基準ではないかと想像するわけですが、諸々の価格システムをいい加減なものとは、なかなか思えない社会システムになっていますよね。それに反感を持っている持っていないに関わらず。お涙頂戴のものも含めて大抵の話のオチが一般的価格システムのことだったりしますし・・・。
理想を語る地域通貨もNPOも結局、一般的価格システムに沿っていたり、同じだったり・・・。
まあ、普段の生活で、この価格システムにうまく適応しないと生きていけない感じがするので、無視できないわけですが、スカスカの価格システムに何か違う要素が加われば大きく変動するだろうことや、一般的価格システムの世界の小ささを想像し続けることが、「自由」ということのひとつではないかという気がしないでもありません。・・・というか、(明らかに欠陥がある)不動産あたりから一般的価格システムはグラグラしてくるんじゃないでしょうか。
娘に筆ペン渡すとこんな絵に。子どもなりに何かの影響ですかね。
#0061) 実験台としての父親
#0060で紹介した本に関してまず試してみようと思ったことは、著者は本題とは思っていない部分かも知れませんが、1分180歩というペースを守ることです。
ボタンを押せば♪=180のペース音が聞こえるようにセットした、ストップウォッチ付きの腕時計をして、距離掲示してある緑道を夜更けに1,500m走ってみました。歩幅まで一定に維持することは無理と最初から諦めておいて、とにかくリズムだけを守るようにしてみたら・・・今までの自分より15秒くらい早かったです。・・・面白いものです。
1,500m地点から家までもジョギングしながら帰ってくればいいのですが、早くなった感慨に耽りながらゆっくり歩いて帰っているときに思い出したことがありました。
宮本武蔵の『五輪書』の風之巻のこの部分です。私のサッカー語訳へのリンクで申し訳ないですが、その飛脚について書かれた部分です(意訳している部分でもありますが)。飛脚の掛け声の意味がよくわかりますよね(飛脚の掛け声とか走行距離や時間についてはこちらを参考に)。
で、180のテンポですが、たぶん、これ、かなり近いですよね。娘にはこの曲を憶えさせればいいのか・・・。
#0060) 知らないことは教えられるわけがないよな、ということで (追伸)反省しつつ読みました。
約1ヵ月後のロードレースを目指して、娘が練習に付き合えという回数が増えてきました(どうも友だちに見られないよう暗くなってから走りたいらしいので、付き合わないといけないわけです)。
走るというのはこんなことだろうと、#0035のように思っていたわけですが、ふと、自分の知識や考えに疑問を感じて本を買ってしまいました。やはり、理解を間違えていたり、何も考えていなかった部分が多々ありますね。まあ、娘の練習時間は、この本が期待している5分の1くらいですし、走りたい気持ちが大会後も続くとは思えませし、そもそも、この本の対象者として小学生が想定されていないので、さてどう応用するかなという感じではありますが、練習の意味を考える方が付き合う方も面白いですし・・・。今までストライドだけに神経が行っていたので、次の練習では、ぶれないピッチに挑んでみようかな。
(追伸)
身体とか心とか諸々が関わるシステム全体をゆっくりと変えていく作業であることは、まあ他のことと同じなので、他のことから類推した抽象的な枠を考えただけで、結構理解できていると思い込んでしまうわけです。実験の現場(この場合娘ですが)に接しているわけですから、システムのディテールを楽しまないといけませんよね。



