#0059) 生態系の中の自分探し
コシヒカリが増えたので、少なくなったカエルがいるらしいです。田んぼを乾燥させるタイミングが、そのカエルの育つ過程に対して、早すぎるためだそうです。
娘の興味も引く、そんな話も出ていた本がこれです。ジュニア新書だったんですね。小学4年の娘には絶対に読みきれないと思いますが・・・。
主には、人の農作業とか火入れとかの環境操作を頼りに生きている生物の話と言えるでしょうか。4月からの荒地開墾を想定しながら読みました。
幼少時に多種多様な生きものを飼っていた自分としては、なるべく、あらゆる生きものと仲良くはしていきたいので。幼少時に飼っていたということは、たくさん殺してしまったということですから。
で、ジュニア新書なので、ディテールまではよくわからなくて、ディテールを求めて分厚い本を買いましたが、それは、もし読み切れたら紹介します。
娘には『土の絵本』シリーズを図書館で借りてみることにしました(著者である日本土壌肥料科学会には、原発事故後のことで少し思い入れが・・・)。娘が読みたいと思うかどうかはわかりませんが・・・。
#0058) 貯金燻り出し作戦後についても、ちゃんと作戦はあるんでしょうか?
消費者物価指数の年次平均推移です(総理府のデータの、エクセルでのグラフ書き出し)。
デフレと言うより、すばらしい20年間の安定ですよね。何が不満なんでしたっけ? たぶん自分も不満を述べていたような気がしますが・・・モノが上がって納得できる理由自体が無いですよね、今は。
デフレというのは主に資産デフレですよね(↓内閣府のどこかのページより)。
これを、適正価格になりつつある過程と見る人たちもいます。私も、不動産価格とか、まだ高いと思います。実質利回りで計算したら買えるものはほとんどないですよね。新築マンションの販売価格も、相当とんでもないままですよね。
でも政府は資産価格を上げようとして、今のところその意図通り上がってきているわけです。主に株価が(本当に不動産も上がるんでしょうか?)。
お祭り騒ぎの中で(あと、税制改正なども含めて)、貯蓄をデフレ資産購入資金として燻り出すという狙いだと思いますが、この辺、多くの人にとってあまり関係が無い話かも知れません。
ここしばらく、みんな貯蓄をする余裕が無かったですし(日本の家計貯蓄率)。
基本的には、前回バブルのように、主には、一部のお金持ちの金が移動する中でのシャッフル、内輪の栄枯盛衰の話ではないかと思います(無理してこのゲームに加わる人もかなりいます?)。政府としては、金融立国のための(結構切実な)賭けみたいな感じでしょうか。
ただ、上にリンクした官庁の報告書にもありますが、日本の巨額の貯蓄が国債を買い支えているとしてきた話は、これからどうなっていくのでしょう?資産価格が上昇している時にはなんとかやりくりできる場合も、たとえば、バブルのピークで外国人投資家(この区分けは疑問ですが)が真っ先に逃げるというような場合、どうなるんですかね? 尻馬に乗った国内資金より、適正価格設定が低いでしょうし・・・。そのときに、その資金が日本の国債に回るとも思えませんが・・・。
最初に貼り付けた消費者物価指数のグラフが、とんでもないかたちになってきたときには、関係の無い話ではなくなりますが、・・・杞憂なのかな? そうならない方法やその影響をあまり受けない方法を考えておければ一番いいのでしょうけど。
関係ないですが、娘のお手伝いお駄賃は時給制となりました。時給300円、つまり1分5円。
既に、いかにゆっくり作業するかというところに、思考は移っています。
#0057) 日本の好景気・不景気を決める趣味の会の話。(本題?に合わせてタイトル変えました)
#0056の続きを書きます。ちょっと不親切な感じだったので。
たとえば、日本の実質GDPのグラフを見てみませんか? ウィキペディアから借りました。
クリックして大きくしないと見えませんが、1955年からの数値です。
リーマンショックが、確かにショックとも言える影響があったんだなというのはありますが、「失われた10年とか20年」とか、どこのこと言っているか、これ見ただけで答えられる人はいませんよね。ここ数十年は基本的にはずっと好景気で稀に小さな事故がある感じかな、ということだと思いません? (GDPを全面的に信用しているわけではないですが、信用度に優れた他の数字があるわけでもありませんし。)
なんだかんだ言いながらもみんな得たという可能性は否定できませんが、みんなで失ったというのは嘘ですね(念を押すと、全体がプラスなわけですから)。で、あなたが本当に失っているとしたら、誰か他の人があなたが失った以上に得ていないと、計算は合いません。特に、その関係が固定している場合、いい気持ちはしませんよね。
ところで、日本が好景気だとか不景気だとかを決めている人たちの会議の概要を見たことがありますか? 私も無かったのですが、景気動向指数研究会。ぜひ、議事録や、この人たちによって修正されたグラフなどをいろいろ見てほしいのですが、景気動向指数の指標(要素)を趣味的にいろいろ変更したりしている研究会の人たちの話し合いの内容と結果です。「趣味的」と書くのは意地悪でもなんでもなくて、「実感と合わないから」という理由で判断を訂正したりしていることなどが、議事録に疑問無しに書かれていたりするわけです。
まあ、ある意味大変な仕事だとは思いますが・・・、「実感」による修正などを認めているということは、気分などが結果を大きく左右する会議であるということですよね。
景気を客観的に判断しているというより、景気の波と思える波を生み出す指数を作成する仕事をしている人たちだと私には思えるのですが、この人たちが他の何かや誰かの影響下にあるかどうかはわかりません。たとえば、平均株価の上下について社会が納得する理由が欲しい人たちとか・・・(これは、ちょっと幼稚な陰謀論ですが、が、明らかにネタにしやすい研究会ではあります)。でも、まあどうでもいいですか?
敢えて、指数づくりの仕方を知りたい人は、統計の作成方法をどうぞ。あなたなら、もっと素敵な景気動向指数を作れるかも。景気動向指数づくりコンクールとかないのかな?
経済のことって、ぜんぜんわかりませんねえ。しかし、そこで負けるわけにはいかないわけです、父親としては(以前にも同じこと書きましたが)。つまり、参加すべきでない場面も多そうですよね。この怪しいゲームには。
と書きながら、こういうことが頭をよぎるわけです。リーマンショックからの回復局面で敢えて、指数を抑えておくための指標入れ替えを行った(景気動向指数の改定及び景気基準日付について)ということは、上がる余地をより大きく設定したということでしょうか。ゲーム主催者の役割としては。まあ、みんなにとって幸せなゲームになるのなら、いいのかな?
いや、まじめにですね、どういうスタンスで過ごすべきかは考えるわけです。この辺を考えてくれている哲学者とか見当たりませんし・・・。たぶん、哲学者とかでなくて考えている人たちはいっぱいいるんだと思いますが・・・。まずは、いろいろ惑わされず、明るく過ごすというのがいいのかな?
子どもだって、いろんなことを考えているらしいです。何を考えているか、今ひとつわかりませんが・・・このノリはありがたいですね。
#0056) 景気というのは実在するんだろうか?
小さな事業を営んでいる甥っ子たち(つまり娘の従兄弟たち)に会ったのですが、面白いことに「テレビなんかで長い間不景気不景気と騒いでいる間も、不景気などなかった」と言うわけです。
GDPとか就職率とか平均給与とか営業利益とか日経平均とか、いろんな数字が証拠として使われてきましたし、「不景気」という結論にしておけば仕事上の不具合の話もなんとなく収まることが多いので、私も不景気なんだろうと信じてきましたが、甥っ子たちにそんな風に言われると、不景気が存在した確信は結構簡単に揺らぐんですね。まあ、確信でもなく、安易な思い込みだったような気がしてくるわけです。
考えてみれば、自分の収入の波は、巷で言われている景気の変化とまったく関係がありません。まあ、個人の波が平均的な波とリンクしないことは多々ありますから、それは置いておいて、他の一般的な数字について考えてみましょうか。
で、・・・ブレとしての振動以上の波が存在すると確信が持てる数字は無いように見えません? ふと、景気って何だったっけと思いません? さて、確固たる景気指標ってありましたっけ? 実感無き好景気と呼ばれた時期がありましたが、実感がなくて当然だったのかな、と思えてきませんか?
そこにあるのは傾向、つまりシステムのゆっくりとした変化ですよね。主に大企業を中心とした企業社会の。変化していないと思えるものも多いですよね。また、変化のあるものを敢えて波と考えるとしても、景気というような全体的に浮いたり沈んだりする波ではなくて、何かをゆっくり押し流していく圧力としての波ですよね。
で、甥っ子たちにとっては、全体的な浮き沈みの話は、いくら常識的であろうとも、わけがわからない話なので無視するしかないと。(不)景気について考えることさえ役に立ったことはない、ということなんですね。景気というような乗り物があるのではなく、単に儲かる理由と儲からない理由があるだけだということでしょうか(理由の組み合わせ、強弱みたいなことに少しずつ変化はあるにしても)。たぶん。そして今、「好景気到来」みたいな空気がある中でも、そういうことだと。
#0055とは多少違う結論というか、前提が違ってます。人と会うと面白いですね。
娘は母親とお留守番ということで、従兄弟たちに会うことはできませんでした。夜遅かったですし。もちろん、ふてくされてました。
ところで、明日大雪という天気予報ですが、そんな空気に感じないのは私だけ?
#0055) すべてはシェアの話
シェアというと、シェアウェアとかシェアハウスとかルームシェアとかマーケットシェアとか、それぞれの興味の範囲によって浮かべることが違うと思いますが、日本で全体的に忘れられていそうなのが、シェアとは株(券)のことということです。
経済の浮き沈み、荒波を、利益と不利益を皆で共有するという理想が、株式会社という仕組みの核にはあるわけで、欧米企業が株式公開(パブリックになること)を誇らしく思うのもそこに根があるわけですが、シェア(共有)というのは、社会全体の成功と失敗を測る度合いでもあると思いません? その社会がうまく行っているかどうかは、シェアがうまく働いているかどうかで判断できると思いません?結果的な格差の大小の数値評価ではなく、シェアの意志と努力がどれだけ重要視されているかというところで。
ということで、株式会社が経済主体となっている日本のような資本主義社会がうまく行くとは、資本家や企業が多くの人と富をシェアする意志で動き、シェアを機能させる努力を怠っていないということと考えるわけですが、
バブルの時には富の偏在をなすがままにしてきた日本の資本家と企業が、そして、その後の苦しい局面では、シェアというよりマイナスをどこかに押し付けたい気持ちで動いてきたように見える日本の資本家と企業が、資産価値が再び膨らんできた今、シェアのことをどう考えているでしょうか。
まあ、シェアのことなど、ほとんど考えたこともないというのが、実際だとは思いますが・・・。ただ、賃金などへの富の分配の失敗が結局、経済全体や企業経営を圧迫してきた原因という論調が、少しずつ出てきましたね。これからそういうのがどんどん出てきて、シェアへの意志が金持ち達の人格判断基準にもなっていくことを願っています。
1票と1株との機能とか効果の違いとか、空売りはマイナス1票たり得るかとかも考えながら。
で、娘は何か言いたいことがあるようです。









