#0029) 立派でない父親として、総選挙での投票のことを、とりあえず消去法で考える
かなり省略した思考過程ですみませんが、書き残しておきます。
家族をちゃんと支えきれていない立派でない父親としてはまず、自分の力の及ばないところを少なからず支えてくれるだろうこの国が、急激に危険な状態に陥るリスクを避けようと考えます。大昔のアメリカの軍産複合体一派の生まれ変わりのような戦(いくさ)フェチ同盟である「維新の会」はもちろん外しますが、金融経済のストーリー展開を知らない議員が多いためか日本国債が売り仕掛けられるリスクに突発的に突っ込んで行きかねない「自民党」も外します。さすがバブルをあんなに派手に弾けさせただけのことはあります。で、何も学んでないんでしょうか・・・。
次に、政治家として最低限必要な能力を満たしていない集団を探すと、社民党のホームページの「福島みずほ脱原発連続対談動画」が目に入ります。対談相手のリストに相当「トンデモ有名人」が混じっています。「社民党」に正誤判断力(や基本的な知識)が欠如していることがわかります。「みどりの風」などもそうですが、脱原発小政党は、「脱原発=バカ」というイメージを醸成して潰そうとしているとしか思えません。「脱原発」には、(心理的作用も含めて)今後の経済システムに広範囲の伸びしろができるかどうかがかかっているので、これら阻害政党たちが今度の選挙で吹き飛んでいくことを積極的に願っています。しかし、「私たちは善人なんだから無知で何が悪い」というような感じの集団は不滅な感じもします。議論などで人間変わりませんし、娘が大きくなる頃また割と大きな勢力になっているかも知れません・・・。でも、そんなに大きな勢力になるわけはないので、リスクという面からは、気にしなくていいのかも知れません。
ということは、リスクを考える必要があるのは、現実的には(マーケティング風に得票を予想すると)「自民党」と「民主党」だけでしょうか。「維新の会」は既に死んでますし・・・。「自民党」については、はじめの方に外しましたし、「脱原発」に反対ということでも外します。
今の時点では、この辺まで考えておけばいいでしょうか。残っているのは「民主党」。
消去法でなく積極的にテーマを求めると、「脱原発を動力とする新しい政治経済システムの構築と発展」でしょうか。消去法で残った「民主党」が、この辺を強く押し出してくれることを、今の段階では願っています。
「脱原発=貧乏」なら、「脱原発」は無理じゃないですか。方向さえ決まれば方法はいろいろ考えられますよね、実際は。難しい問題は多少時間はかかるにしろ、すごいマニュアルを作れる優秀な官僚たちもたくさんいますし・・・。
#0028) ある程度多くの人にとっての切実な問題を解決したいという「希望」しか、生き残れない。
16日に衆議院議員が一斉解雇になりましたが、12月中旬に結果が出る今回の就職活動の成否を決める要素も、NECやソニーやシャープなどの復活の成否を決める要素と同じように見えます。
(1)自分たちの資質や今までの評価を活用できる
(2)十分に多くの人にとって切実である問題の解決を目的とした
(3)十分に多くの人にとってコアが明確に伝わる事業(仕事)
を行うこと。
ビジネス風に言うと「コア・コンピタンスなソリューション・ビジネス」みたいな感じで、どうでもいい雰囲気を醸し出しますが、これが、 未来があんまり明るい感じがしないこの世界で生きている人たちにとっての、生き延びるポイントじゃないかと思っています。
まあもう少し先の話ですが、娘にも、ひとつだけでもいいので、誰かにとっての何らかの切実な問題を解決することに役立ちたいという「希望」を、地道に持ち続けてほしいなあと思っています。
ということも思いつつ。
#0027) 間違って入ったチームの話の続きの続き
#0012、#0019と、今どきのサッカー小僧がゴロゴロいるサッカー部に入ってしまったサッカー未経験の娘がどのように過ごしているか書いてきましたが、今日は、得点を入れたと言って上機嫌に帰ってきました。
サッカーが急にうまくなるはずはないので、その自慢話を少し掘り下げて聞いていると、どうも、こういうことだったようです。
4年生から6年生までの男女が一緒のクラブ(女の子は3人だけみたいですが)なので、4年生の女の子が得点したときには最高の4点が与えられる決まりになったようです。で、#0019で話を出した近くの公園で練習している上手いやつらの誰かがですね、4年生女子であるうちの娘に点を取らせるようにプレーし続けたと・・・。その彼は、ドリブルでサイドを上がり、相手の裏まで抜けて、そこからマイナスのセンタリングをゴール正面に向かって走りこませた娘に合わせるということを狙ってやっていたようなんですね。まあ、娘がボールに当たりさえすれば、ゴールの方にボールは転がっていくわけです。さすが私が近くの公園で目をつけたやつらだけのことはあります。普通の換算では2対1という辛勝であった試合は、そういうことで5対1という楽勝だったそうです。
そして、うちの娘は寝るまでずっと上機嫌でした。
サッカーをやったこともなかった女の子に幸せなサッカーの記憶を植えつけるなんて、近くの公園のサッカー小僧たち、ひじょーにかっこいいです。
もちろん、なんと言っても、より多くの子どもたちが楽しめるプレーへの動機となったこの得点システムを採用した先生が偉いわけですが・・・。的確なシステムはいろんなことを変える力を持っているんですよね。
娘が興奮気味に描いたゴールシーン説明図。右のゴールに正面から入れたわけですね。ずっと、記憶に残るんでしょう。まあ、娘は来年は陸上部に入ると言ってますが・・・。
#0026) 一般にはあまり知られていない「目的」設定の仕方、楽しみ方
プロジェクトを進行させる場合に最も重要なのが「目的の明確化」であることは広く認められていることですが、「目的の明確化」は厳密には困難で、目的はいつも、とりあえずこれにしておくかということで設定されていることは広く知られていません。
「目的の明確化」が難しいことは、たとえば、どの政党のホームページを見ても明確な目的など書かれていないことから感じられるでしょうか。これは、人類の目的など考え始めるとわけのわからないことになることと繋がっているのかも知れません。ある目的らしきものが見えても「では、それば何のために?」と質問すると、次の目的らしきものが現われて、それに対しても「で、それは何のため?」という質問は可能で、それを繰り返しているとやがて、黄泉の世界に迷い込んでしまいます。
しかし、企画書などでは、「で、それは何のため?」という疑問が湧かないような、しっくりくる目的が設定できたときに初めて、関係者を巻き込む企画書となるわけです。今まで書いたことと矛盾している感じですが・・・・。「で、それは何のため?」という疑問が湧かなくなる目的とは、「楽しい実験的な雰囲気の目的」なんですね。「面白そうだからやってみるか」という感じがしてくれば、疑問の連鎖を停止させることができます。まあ、大抵みんな究極を追求するよりも、面白そうなことをさっさと始めたい気持ちの方が強いので、ある程度の面白さがクリアできれば目的として設定(疑問を停止)できるということです。で、これが現実の場面での「目的の明確化」ですが、「目的が明確化」されたような感じがすれば、いろんな行動がいろんな人から湧き出るようになって、楽しい事は始まるわけです。多くの場合、「不可能かも知れないけど」と心の中では皆思いつつ・・・。で、そういう勢いだけとも言えなくもない「目的」を設定しない(できない)企業が増えた状態が不況です。たぶん。
ここに、なぜこんなことを書いたかと言いますと、究極など求めずとりあえず「楽しい実験的な雰囲気の目的」を設定し続ければ、楽しく充実感を持って生きやすいということを、娘にいつか伝えようと、ふと思ったからです。
それから、各政党は「楽しい実験的な雰囲気の目的」の設定から始めた方が良いのではないでしょうか。
【目的】
企画書は、この項目タイトルの下に書くことによって、全体の内容が決まってきます。というか、そこから全部湧いてきます。的確な目的の場合は。
#0025) お金の発明によって、人類は見も知らぬ(趣味も合わない)他人と富を分かち合うことが可能になった。つまり生存することが。だから、求めるのは、このお金の最高の機能を機能させること。
「お金」について考え始めようと思ったことを0021に書きました。まだざっと調べただけですが、コアが見えてきたので、ごくごく大雑把に一度書き留めておきたいと思いました(タイトル文さえ、まとまってませんが・・・)。
詳細を端折ってしまいますが、お金が人類の生存に最も貢献してきたのは(お金の生物学的役割は)、他人と富を分かち合うことを格段に容易にする機能です。同一の通貨あるいは交換可能な通貨が行き渡る範囲を広げることは、つまり協同(協働)社会の規模を大きくすることですが、そうすれば多様な専門家を抱えることができますし、多様な知恵の交換によって発展を加速させることもできます。それはつまり、全体的には、生存を脅かすリスクを小さくしていくことに結びつきます。
「他人と富を分かち合うことを容易にする機能」のわかりやすい例をあげます。
たとえばアフリカの飢餓に対する支援について、基本的に、送るべきはモノではなくお金であることは、少し考えればわかるはずです。距離の離れた他人に最も効率的に富を届けるもの、それがお金なわけです。運搬や保管効率のことなどもありますが、彼ら(つまり他人)の食べ物の好き嫌いなども、送り主は知る必要もありませんしね。事業を起こして将来返済したいというような受け取る側の様々な意志やプライドにも対応することもできます。
格差の度合いとは、このお金の最高の機能がうまく働いていない度合いではないでしょうか。もちろん人類史上、お金の機能が完璧に働いたことはありませんが、「金融」や「経済」そしてたぶん「政治」の最大の目的が、人類の生存にとって最も有用なお金の機能の完璧化を目指すことであるのは、自明なことと言えます(これが自明なこととして語られたことも、あまり無さそうですけど・・・)。
先日、EUがノーベル平和賞を受賞しましたが、貨幣の統合と平和が密接に結びついていることも、お金のこの機能を考えるとわかりやすいのではないでしょうか。
ロジックがすっ飛んでいる感じがするかも知れませんが、近いうちに、もう少し細かく書く場を作りたいと考えています。マルクスが突こうとしてうまくいかなかったことも、アダム・スミスが「神の見えざる手」として微かに感じたものも、全てが繋がってくるように予想(妄想)しています。
分配を意図していないお金は、妄想でしかありません。本来の意味での「お金」でさえありません。
今の金融教育は、全く的外れだと思いません?お金や金融を安易に敵視することに満足している流派も含めて。




